引用元:ウィキペディア

 

トランプ大統領の側近中の側近、ヘイリー国連大使辞意を表明しました。

 

彼女の顔は、テレビのニュースでよく出ているので知っている人も多いと思います。

 

モデル並みの長身に、クールで知的な容姿で、しかも弁が立ちます。

 

彼女は、トランプ政権発足から側近をしており、トランプ大統領の「アメリカ第一主義」を支持している人物です。

 

辞任の理由についてさまざまな憶測が出ていますが、本当の理由は不明です。

 

ヘイリー氏本人が突然の辞意表明について詳細を語っておらず、また次に何をするかについても明かしていないのです。

 

因みに、これほど次々と側近が去っている(辞任もしくは解雇で)のに、よく政権が持つものだと感心してしまいます(^^;)。

 

日本で同じことが起こっていたら、間違いなく即死でしょう。

 

さて、ヘイリー国連大使は、国連で「アメリカに従わなければ金は払わない」と思わせる言動をしたことがあり、世間を騒がせたことがありました。

 

彼女はアメリカを支持しない国を繰り返し攻撃的に警告したので、親しい同盟国でさえ不快感を募らせたこともあります。

 

特に記憶に残っているのは、在イスラエル米大使館を移転するというトランプ政権の暴挙を積極的に擁護したことです。

 

この事で彼女は、国際的な批判を浴びました。

 

しかし彼女は、国連大使を辞めた後も、トランプ大統領を支持すると言っています。

 

ヘイリー国連大使とは一体どのような人物なのでしょうか?そしてこれまでどのような人生を歩んできたのでしょうか。

 

彼女の人物像を知るために、簡単にまとめました。

 

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ヘイリー国連大使の概要

彼女の正式な名前は、ニムラータ・ニッキー・ランダワ・ヘイリーです。

 

生年月日は1972年1月20日、つまり今は46歳ということになります。

 

彼女はインド系アメリカ人で、所属政党は共和党です。

 

もとは、サウスカロライナ州初の女性の州知事でした。

 

しかも就任時の彼女は39歳という若さで、なんと全米50州で最年少の州知事だったのです。

 

夫はサウスカロライナ州兵で、2人の子供がいます。

 

彼女は、中絶に強く反対する保守強硬派として知られていました。

 

生い立ち

両親はインド・パンジャブ州出身のシーク教徒で、両親がアメリカ移住後に彼女が誕生しました。

 

つまり彼女は、インド系移民の子供なのです。

 

彼女が生まれた場所は、南部サウスカロライナ州の小さな町バンバーグというところです。

 

当時、町で唯一のインド系移民だったので、周囲から好奇の目にさらされたと言っています。

 

一家はシーク教だったので、父親はターバンを着用し、ひげを蓄えていました。

 

ヘイリーが5歳の時、両親は彼女を町の美少女コンテストにエントリーさせましたが、「黒人」と「白人」の部門しかなかったため、失格となったそうです。

 

彼女曰く、このころの生活は「サバイバルだった」と振り返っています。

 

13歳の時に、家族が営む衣料品店の経理係として働きました。 

 

その後、クレムゾン大学に入学しています。

 

この大学は、南部サウスカロライナ州の名門校で、学生の勉強量は多く、満足度も高いと言われています。

 

24歳になると、サウスカロライナ州の州兵であるマイケル・ヘイリーと結婚し、その後は夫の姓を名乗っています。

 

その後、実母の会社などで勤務した後、2004年に地元・サウスカロライナ州の下院議員選挙に共和党から出馬し、下院議員に当選しました。

 

そして2011年に同州で女性初の州知事に就任したのです。

 

苦戦した州知事選

 

彼女が州知事になる時、かなり苦戦したようです。

 

もともと州知事に立候補した時は、泡沫候補だったのです。

 

しかし、2010年にアラスカ州知事の支持や前マサチューセッツ州知事の支持を受けることに成功し、人気が急上昇しました。

 

ところがあまりに急激に人気が上がったために、不倫疑惑などの黒い噂が流れたりしました。

 

当時は、不倫相手と名乗る二人の男性まで出てきたそうです。

 

しかし、そういった黒い噂があっても見事に州知事に当選しました。

 

彼女は、強運の持ち主かもしれません。

 

知事時代のエピソード

州知事時代に大きな事件に遭遇しています。

 

彼女が43歳の時、チャールストンの黒人教会で起きた銃乱射事件が起こりました。

 

この事件は、2015年6月17日にサウスカロライナ州チャールストンにある教会で銃が乱射され、アフリカ系アメリカ人の男女9人が死亡した事件です。

 

この事件を受け、彼女は議会議事堂に掲げられていた南部連合旗の撤去を決め、全米の称賛を受けました。

 

また、2016年に行われたオバマ前大統領(民主党)の一般教書演説に対する共和党の反対演説を行い、共和党の有力人物に浮上しました。(*トランプ大統領は共和党です)

 

因みに2016年米大統領選では、彼女はトランプ氏を支持していません。

 

当時の彼女は、たびたびトランプ氏を批判し、トランプ氏の物言いが世界大戦を引き起こす可能性があるとまで指摘したこともありました。

 

しかしトランプ大統領から交渉力や実務能力を買われて、2017年1月に国連大使に就任したのです。

 

不自然な辞任理由の背景

明確な理由を説明せずに、任期途中で辞任するのは不自然ですし、無責任と感じる人もいるでしょう。

 

しかし、ニュースで彼女を批判する意見はほとんど見当たりません。

 

彼女の真意はどこにあるのでしょうか。

 

彼女の人物像を調べているうちに分かったのですが、ヘイリー女史は相当な野心家です。

 

次の大統領選には出馬しないと言っていますが、その次は分かりません。

 

将来の大統領選に備えて辞任したのであれば、本当に無責任な話です(あくまでも憶測ですが・・・)

 

実は、ヘイリー氏が辞任を表明する前日、彼女はなんと反汚職監視機関から告発されていたことが分かりました。

 

理由は、贈り物として高級航空便による7度の個人移動をサウスカロライナ州産業界の大物らから受け取っていたということです。

 

もし辞任の理由が汚職なら、ちょっと拍子抜けの感じがします。

 

これはあくまで個人的な想像ですが、彼女は「もうこれ以上トランプ大統領の子守はできない」と仕事を放棄したのではないか。

 

野心家の彼女は、トランプ氏の反人道的な決断にも黙って従ってきました。

 

しかしそれも限界が来たのか?

 

それともトランプ政権の未来があまりに危ういから沈没する前に脱出したのか?

 

早く真実を知りたいところです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。